Re:Re:モテたい(いや普通にシンプルに)
底の抜けたバケツの直し方
一月ほど前 miyattiとhikaruが、相次いで「モテたい」と書いた。
二人とも、ただモテたいのではなく、美しくモテたい、と着地させた。安く注目を集めるワンナイト野郎ではなく、本質を崩さずに他者の欲望を引き受けたい。魅力とは他者の中に欲望を発生させる力である、と。
もう全然異論はない。むしろ全面的に同意する。私もモテたい。まだまだ全然モテたい。死ぬほどモテたい。恋愛的な意味でも、そうでない意味でも、普通に、みっともないほどモテたい。見られたいし、選ばれたいし、誰かの記憶にしぶとく居座りたい。この欲望を上品ぶって否定する気は一切ない。
その上で、白状することがある。
二人が語っているのは供給側の話だ。どうすれば魅力的になれるか。どうすれば美しく欲望を発生させられるか。つまり「出す」側の思想。ところが私には受け取る側の欠陥がある。どれだけ美しくモテたところで、私はそれを受け取れない。
誰かが私を高く評価する → 私はその人の評価基準のほうを疑い始める
私を良いと思うということは、この人の目は狂っている。そう結論してしまう。だから好意は、届いた瞬間に無効化される。差出人の信用が、私を評価したという理由で失われるからだ。終わってる!!
なんかいい例えないかなと思って調べたら出てきた。グルーチョ・マルクスというコメディアンが言ったとされている言葉。
自分を入れてくれるようなクラブには入りたくない
というやつだ。シチュエーションは定かではないんだけど、わかる。私のそれはもう少したちが悪い。私を良いと言う人間の判断力を、私が良いと言われたという一点だけを根拠に格下げする。評価する者が私を評価した瞬間、その評価者は評価する資格を失う。過去に友人にも言われたことがある…「なにそれ終わってんねぇ・・・」と。再帰的で、出口がない。
これ、モテの話の外にあるように見えて、たぶん芯にある。
モテとは、他者からの好意が自分の中に溜まっていく現象だ。私のバケツは、底ではなく注ぎ口が壊れている。いくら注いでも入らない。どれだけ美しくモテる技術を身につけても、入口で弾いてしまう。
面白いなぁと思うのは、この故障がhikaruの憤りとちょっと似ていることだ。hikaruは安いモテ、ワンナイト野郎の集める注目を信用しない。中身がないのに人が群がる、その構造を美しくないと切って捨てる。私がやっているのはそれの内向バージョンだ。私に向けられた好意は、美しかろうが安かろうが、私に向けられているという一点で信用できない。hikaruは醜いモテを疑う。私は、私に届くモテを全部疑う。徹底していて、何も残らない。
厄介なのは、この疑いにそれらしい正しさがあることだ。人は勘違いする。誤解する。よく見えているだけかもしれない。近づけば幻滅するかもしれない。全部本当だ。だからこの故障は、謙虚さの顔をして立っている。実際にはただ、相手の好意を受け取れないという不能なのだが。
miyattiは、魅力には余白が必要だと書いた。不完全であること、と。私は不完全さなら売るほど持っている、と思うんだよね。ただ私の不完全さは、余白のように人を招き入れるほうではなく、入ってきた人を追い返すほうに働く。同じ不完全でも、向きが逆だ。
美しくモテたい、と彼らは言った。私はその手前にいる。美しくモテる方法を語る前に、モテを受け取れる人間になる、という工程が私には残っている。嗚呼厄介なり。
一つだけ、手がかりがある。友人のcrcrparがついこないだこんなこと言っていた。
今の時代、ちょっと生意気な感じで接してくる人が魅力的なんだよね
最初はただの好みの話だと思って聞き流した。でも考えるほど、これは私のバグへの処方箋な気がしてきた。褒め言葉は評価だから、私はすぐその評価者を疑いにかかる。でも生意気さは評価じゃない。値踏みしてくる態度じゃなくて、対等に踏み込んでくる態度だ。値踏みされていないと、格下げする相手がいない。
もっともっとそういう人の近くにいたら、私のガードはもう少し下がるんじゃないかな、と。
まだ直っていない。直し方も正直よくわからない。ただ、こうして故障を故障として書き出してみると、少なくとも一つはっきりする。私はモテたくないのではない。モテたくてたまらないのに、届いたモテを毎回、自分の手で叩き落としている。
これはこれで、かなり、モテたい人間の姿だと思う。




